2008年03月27日

桑田真澄、現役を退く

現役引退表明の桑田、「難しい決断だった」(MAJOR.JP)

【ブラデントン26日=Jenifer Langosch / MLB.com】ピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結び、開幕メジャー入りを目指していた桑田真澄投手。この日行われたデトロイト・タイガースとのオープン戦後に現役引退を正式に発表した。

 ここまでオープン戦5試合の登板で1失点と、好アピールを続けていた桑田。しかし、25人の開幕ロースター枠から外されることが決定し、自身のキャリアに終止符を打つことを決めた。そして、桑田は「難しい決断だった。だけど、僕自身の心が(引退の時期であると)語りかけてきた」と胸の内を語った。

 パイレーツのジョン・ラッセル監督はこの日、桑田のキャリア集大成となる登板を用意。だが、桑田は「(過去に)何千ものイニングを投げてきた。登板機会は若手に譲る」とこれを固辞。後進に自らの夢を託し、現役としての野球人生にピリオドを打った。
(上の記事から引用)


とうとう、桑田真澄が野球選手としての現役生活に
ピリオドを打つ時がやってきました。

高校野球ではPL学園で、あの清原和博との二枚看板として活躍。
その後、早大進学などと言われつつも巨人入りを果たしました。

桑田を巡っては様々なトラブルもあり、
それが故にダーティーなイメージもついて回ったんですが、
個人的には桑田という選手はずっと好きでした。

こと野球については、意外に真っ当だと
心のどこかで感じていたからかもしれません。

トラブルがある程度収束したあとの1995年には、
右肘の深刻な故障に見舞われ、野球を断念するかと思ったのですが、
桑田はそこから地道な努力で見事に復活しました。

そして、昨年。
巨人を去ってピッツバーグ・パイレーツに入団したのですが、
オープン戦でベースカバーに入った時に審判と衝突し、
これが原因で足を故障してしまいます。

でも、そこから地道に立ち直り、MLBのマウンドにも立ちました。

巨人時代の終盤から彼についていつも思っていたのは、
どんな状況にあっても楽しそうに野球をしていたように見えた、
ということでした。
桑田だって人間ですから、いろいろ辛いこともあると思うんですが、
それも運命とサラリと受け入れながら、大好きな野球に没頭しようとする
そんな姿をテレビなどで見ていると、
この人は心底野球を愛してるんだと思えてきました。

最後は、記事にもあるように若手に登板機会を譲って
潔く現役を退くことにしたようですが、
この時期にメジャーに昇格できなかったことで、
逆に踏ん切りがついたのでしょう。

これからは恐らく指導者の道を目指すと思うんですが、
桑田がどんなスタイルで自身の指導者像を確立するのか、
ちょっと興味があります。
彼なら、今までにない指導者像を確立できるかもしれません。

ともあれ、桑田真澄投手。
お疲れ様でした。
posted by KAZZ at 21:09 | 島根 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | その他のスポーツ このエントリーを含むはてなブックマーク
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