2005年10月03日

私的1980年代洋楽・8/エイジア

1ヶ月以上ぶりの第8回目は、エイジアを。
プログレ上がりのハードポップバンドであります。

エイジア(ASIA)は現在は知りませんが、
結成した当初からしばらくの間は基本的に4人組で、
オリジナルメンバーは以下の4人です。

※ジョン・ウェットン(John Wetton)……………ヴォーカル、ベース
※ジェフリー・ダウンズ(Geoffery Downes)……キーボード
※スティーヴ・ハウ(Steve Howe)………………ギター
※カール・パーマー(Carl Palmer)………………ドラムス

上のリンクの紹介文には86年解散とありますが、
厳密に言うとこれは誤りです。
その辺のことも含めて書いていきましょう。

そもそもこのバンドが結成されたのは1981年。
元キング・クリムゾン/ロキシー・ミュージック/UKなどの
ジョン・ウェットンを中心としたスーパーグループ結成が
正式にアナウンスされたのは、その年の6月でした。

ウェットンはバンド遍歴が非常に多彩で、
上に挙げた3グループの他にも、ユーライア・ヒープや
ブライアン・フェリーのソロ活動時のバンド、
モーガル・スラッシュなどにいたことがあります。
そのウェットンは最初、リック・ウェイクマンと組んで
グループ結成という話があったらしいのですが、
これは結局噂に終わってしまい、
代わりに浮上してきたのがエイジアでした。

スティーヴ・ハウは元イエスの2代目ギタリストです。
シンディケイツ、ボーダスト、トゥモロウなどに在籍後、
ジョン・アンダーソンに誘われてイエスに加入。
イエスの3枚目のアルバムから活動を始めています。
そして、1980年のイエス解散まで在籍しました。

カール・パーマーはアトミック・ルースターを経て
エマーソン・レイク・アンド・パーマーを結成します。
キース・エマーソンとグレッグ・レイク、
そしてパーマーによるプログレッシヴロックのユニットですね。
「展覧会の絵」などに代表される重厚な作品が得意でした。

そして、ジェフリー・ダウンズ。
この人はトレヴァー・ホーンらと組んでバグルスにいました。
「ラジオ・スターの悲劇(Video Kills The Radio Star)」が
一躍有名になったグループですね。
ところが、ジョン・アンダーソンが脱退したイエスから、
トレヴァー・ホーンと共に誘われることになります。
結局、1980年に『ドラマ』というアルバムを作ったんですが、
これが失敗してイエスは解散することになってしまいます。
そして、ダウンズはここでホーンとお別れしてしまったわけです。

さて、ダウンズとハウは行動を共にしてエイジアに参加、
パーマーもEL&Pが事実上活動停止したために
呼びかけに応じてエイジアへの参加を決め、
ここにスーパーグループ「エイジア」が誕生しました。
デヴィッド・ゲフィンのゲフィンレコードからデビューしています。

グループ名を冠したファーストアルバム『ASIA(詠時感)』は
この4人からはおよそ想像できないようなハードポップ路線で
とんでもないヒットになりました。
「Heat of the moment」、「Only time will tell」など
名曲も多く、なるほど売れるのも当然かなという出来でした。

この大ヒットに気を良くした彼らは
翌年に早くも2枚目のアルバム『ALPHA』を出すんですが、
前作の傾向の上っ面だけを推進したようなポップ路線化だけが
露骨に顔を出したのがいけなかったようで、
前作よりは売れなかったようです。
また、バンドの方向性に疑問を抱き始めていたスティーヴ・ハウが、
1984年にグループを離脱し、
元ジェネシスのスティーヴ・ハケットと組んで
新バンド・GTRを結成してしまいました。
ちなみにこのバンドのアルバムをプロデュースしたのは、
どういうわけかジェフリー・ダウンズだったりします。
(その後、ハウはイエスに戻ったりしています)

ウェットンが一時的に離脱したことはあったものの、
(この時の代役はグレッグ・レイク)
本格的なメンバー離脱に初めて見舞われたエイジアにとっては
厳しい展開になってしまいました。
そして新ギタリストに、元コブラのマンディ・メイヤーを迎え、
1985年に3作目『ASTRA』をリリースしたんですが、
これが1枚目と2枚目の中間に走ったような中途半端な出来でした。

で、この後、エイジアはメンバーを適宜補充しながら、
細々と活動をします。映画のサントラにも参加したことがあります。
(但し、非常にショボい曲でしたけど・・・)
そして1988年にはダウンズ中心のバンドになって
現在もそれなりに活動中です。
近作では違うようですが、アルバムジャケットの絵をずっと
名画伯のロジャー・ディーンが描いていて、これがまたいいですよ。

彼らはたぶん、フォリナーみたいになりたかったんじゃないかな、
なんて想像を最近はします。
フォリナーもエイジアとある意味では似たようなバンドですが、
彼らがエイジアと決定的に違う点があるとしたら、
シングルヒットをコンスタントに出せていたかどうかでしょう。
その点からすると、エイジアはシングルヒットが少なく、
どうしても一発屋的な扱いを受けざるを得ません。
最初にドカンとデカいヒットがあったために
却ってその後がやりづらかったのかもしれないですね。

そんな彼らのアルバムでお勧めはというと、以下3作でしょうか。



まず一番左側のデビュー作を聴いた方がいいかもしれません。
これは掛け値なしにお勧めできますよ。

また、ハウがエイジア脱退後に作ったGTRのアルバムも、
よろしければどうぞ。

posted by KAZZ at 20:16 | 島根 | Comment(0) | TrackBack(1) | その他音楽 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
※いただいたコメントは全て拝読しております!
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※半角英数字のみのコメントは投稿できません。

この記事へのトラックバック

4
Excerpt: Foreigner 「4」 (1981年) 1981年、ビルボードでは・・・ へ uniko@ニャンくん からコメントを頂いたので、そのコメントにちなみ、今日は Foreigner の 「4」 ..
Weblog: MUSIC8089
Tracked: 2005-10-08 22:12
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。