2005年07月28日

オフコース / We are

いやはや、また1ヶ月空いてしまいました(笑)が、
オフコース企画、まだやってます。
今回は1980年にリリースされた「We are」を。

[曲目]
1:時に愛は(小田和正)
2:僕等の時代(小田和正)
3:おまえもひとり(清水仁/鈴木康博)
4:あなたより大切なこと(小田和正)
5:いくつもの星の下で(鈴木康博)
6:一億の夜を越えて(安部光俊/鈴木康博)
7:せつなくて(大間仁世/松尾一彦)
8:YES−NO(小田和正)
9:私の願い(小田和正)
10:きかせて(小田和正)

[プロデュース]
オフコース

[編曲]
オフコース

[ゲスト]
ジェイク・H・コンセプション(サックス)

[エンジニアリング]
ビル・シュネー

[発売日]
1980年11月21日

[アルバム解説と感想]
 端的に言って、これは「小田和正色の濃いアルバム」と言えます。まず
全10曲中6曲を小田が手がけていること、それに伴って鈴木色が極度に
減った(全10曲中3曲。うち、鈴木が単独で書いている曲は僅か1曲)
こと、後に小田と強く結びつくことになるビル・シュネーがエンジニアと
して参加していること、などが主な理由と言えます。
 もちろん以前から述べているように、小田中心のプロモート体制が作り
上げられた上での話ではあるのですが。

 それまでのスタジオアルバムに比べて何が変わったかと言えば、やはり
その音像でしょうね。
 例えば「YES−NO」。シングルとアルバムの両ヴァージョンを聴き
比べてみれば、一目瞭然でしょう。イントロ部分のフリューゲルホルンが、
アルバムではまるまるカットされている他、シンセサイザーなどの音圧も
微妙に違います。また、間奏からのパーカッション(カウベル)の有無や
フェイドアウト部分の長さもまるで違います。
 日本のエンジニアが担当したシングルヴァージョンは、わりと重厚さが
強調されていますが、ビル・シュネーが担当したアルバムヴァージョンは、
比較的ライトな仕上がりになっているような感じです。
 どちらがいいかという単純な比較はできませんが、既発曲のこういった
仕上がりの違いに鈴木を含む全員が納得していたのなら、これはこれで、
何も問題はなかったんだろうと思いますね。

 ただ、鈴木としてみれば、そういう音の面でのアドバンスには納得する
ことができたとして、オフコースというグループの中における自分の立場
というものを再考する時、少なからず「自分は小田と一緒にオフコースを
少しでも高いところに持っていくために努力した」という自負があるのも
当然の話で、それがプロモーション上の都合とは言え、小田の比重だけが
高くなっていく現実を、どこかで受け止められなかったということも考え
られ、それが次第にオフコース脱退に考えが傾くことに拍車をかけたとも
言えるのではないでしょうか。
 そのことを考える時、このアルバムは非常に重い意味を持つことになる
のですが、そんなことはまだ当時、ファンは誰も知らなかったでしょうし、
少なくとも、オフコースというグループ内での問題でしかなかったわけで、
そうなると、そこにそれ以上の意味を求めるのは、些か酷な気もします。

 ともあれ、このアルバムのツアー中に、鈴木はオフコース脱退を示唆し、
それがその後のオフコースにいろいろな影響を及ぼすことになる
のですが、
そうした複雑な事情を抱えているとは思えないほど、出来としては出色の
作品だと言えます。ある意味、5人時代の集大成と言ってもいいでしょう。

[お勧め曲]
 鈴木作品は全部いいです。小田作品はT−4、9がいいですね。松尾の
T−7もよくできた作品ですよ。

[必聴度](★…1点、☆…0.5点。5点満点)
★★★★

次回は、1981年12月発売の「Over」です。
5人オフコース、いよいよ終焉に向かって動き出します。
posted by KAZZ at 22:14 | 島根 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | オフコース このエントリーを含むはてなブックマーク
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