2005年05月30日

私的1980年代洋楽・3:カルチャー・クラブ

1ヶ月ちょっとぶりの第3回は、カルチャー・クラブを取り上げます。

カルチャー・クラブといえば、ボーイ・ジョージ。
そのボーイ・ジョージことジョージ・オダウド青年は、
グラムロックに多大な影響を受けたそうで、
それをバックボーンにナイトクラブに行き倒し、
そんな中でマルコム・マクラーレンと知り合いました。

マルコム・マクラーレンといえば、
あのセックス・ピストルズのマネージャーであり、
後には自身もミュージシャンとして売り出す人ですが、
当時はバウ・ワウ・ワウというグループの面倒を見ていて、
その縁でジョージはバウ・ワウ・ワウに加入します。

その後、イン・プレイス・オブ・レミングスを経て
セックス・ギャング・チルドレンというグループをこしらえ、
これがカルチャー・クラブの母体になります。
SGCは同名のグループがいるということで改名の必要に迫られ、
1981年からカルチャー・クラブを名乗ったようです。

最終的に固まったラインアップは次の4人。

※ボーイ・ジョージ(Boy George)…ヴォーカル
※マイキー・クレイグ(Michael Craig)…ベースギター
※ロイ・ヘイ(Roy Hay)…ギター
※ジョン・モス(John Moss)…ドラムス

1982年5月にシングル「ホワイト・ボーイ」でデビューした彼らが
最初に当てた曲は「君は完璧さ」というレゲエテイストの曲でした。
カルチャー・クラブは別にレゲエばかりやるわけではなく
R&Bやラテンあたりにも芸域を持つバンドであり、
特にボーイ・ジョージの歌唱力というのは、
例えばデュラン・デュランのサイモン・ル・ボンあたりの
どこか粘っこいそれとも違えば、
スパンダー・バレエのトニー・ハドリーあたりの
自意識過剰とも思えるようなそれとも違い、
更に言えばABCのマーティン・フライあたりの
この両者を過剰にミックスしたような風とも違う、
端的に言えば、カラッとした歌い方だったのです。

改めて聴いてみると、「陽」のパワーに溢れる作風が多く、
それに相応しいのはジョージのような明るい色の歌唱で、
そして彼を支える3人の出しゃばりすぎない演奏だったわけです。
デビューアルバムの『Kissing to be clever』('82)では
そうした彼らの側面が強く押し出されています。

で、ジョージの印象があまりにも強いので、
とかくボーイ・ジョージのワンマンバンドと思われがちですが、
実際にそんなことはなく、民主的なバンド運営がなされ、
大多数の曲はグループ名義でクレジットされていました。
時々、レギュラー・キーボーディストのフィリップ・ピケットが
作詞作曲に加わることもありますが、
概ね曲の名義はグループでクレジットされています。
(ピケットのプレイには結構好演が多い)

そして、カルチャー・クラブといえば忘れてはいけないのが、
ジョージとタメを張り、時にはジョージ以上に強烈な歌唱を披露する
女性ヴォーカリスト、ヘレン・テリーの存在です。
2枚目の『Colour by numbers』に収録された「ポイズン・マインド」や
3枚目の『Waking up with the house on fire』に収録された
「戦争のうた」あたりを聴いてもらえば、
とりあえずその迫力がよくわかると思います。
彼女は確かソロ・デビューも果たしたはずなのですが、
カルチャー・クラブへの客演がその端緒になったことは間違いないです。

で、2枚目のアルバム『Colour by numbers』('83)は
ルックスだけでなく音楽性も高く評価された結果、強烈な勢いで売れ、
「カーマは気まぐれ」などの大ヒットを多数生み出した
モンスターアルバムとして君臨しました。

ところが、3作目の『Waking up with the house on fire』('84)は、
前作より売れ行きも評価も下がり(でも出来は決して引けを取らないが)、
この結果を機にプロデューサーのスティーヴ・レヴィンと袂を分かち、
1986年にアリフ・マーディンを(と、ルー・ハーン)を迎えて
4枚目の『From luxury to heartache』をリリースしました。
この作品、実は結構評価も高かったようですが
セールスには必ずしも結びついていませんでした。
そこに持ってきて、同年7月にジョージがヘロイン所持で逮捕されてしまい、
これでバンドの活動はストップしてしまいました。
当時、それまでの豊満な(?)体格がウソのように細ったことで
マスコミの話題をさらったジョージでしたが、
実はドラッグの摂取が原因でそうなったというわけです。

結局、バンドは無期限の活動停止となり、
4人はそれぞれの道を歩くことになったのですが、
1999年、カルチャー・クラブは13年ぶりに再結成し、
新作アルバムをリリースするなど健在ぶりを示しました。

で、お勧め盤となると、
実は80年代に出た4枚全てをお勧めしたいところですが、
国内版が案外と出回っていないもので、
ひとまず以下の2枚をお勧めしておきます。
1枚目と2枚目のアルバムです。

Kissing to be clever』(1982年)
Colour by numbers』(1983年)

さて、次回は誰が出てくるやら。
posted by KAZZ at 20:28 | 島根 ☀ | Comment(3) | TrackBack(0) | その他音楽 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
※いただいたコメントは全て拝読しております!
初めまして!
カルチャークラブが大好きなのでコメントさせていただきました(^^)とってもくわしくかいていて読めばすぐカルチャークラブのコトがわかっちゃいますね!!また今度80年代のことについてかいてください!m(^^)m
Posted by 宮えり at 2005年07月29日 15:46
どうも。
ネタはあるんですが、なかなか・・・。

来月は少し書いてみるかもしれませんので、
またお立ち寄りください。
Posted by KAZZ at 2005年07月29日 20:49
そんなにかけるものでもないですよね;
来月になったらぜひきます))
m(^^)m!
Posted by 宮えり at 2005年07月31日 21:03
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