2005年05月02日

黒い霧が晴れて

池永正明という人を御存知でしょうか。

1965年、西鉄ライオンズ(現・西武ライオンズ)に入団し、
一時の野武士野球からの脱却を迫られつつあった西鉄球団に於いて、
後に入団することになる東尾修(現・野球解説者)と共に、
末期西鉄の若武者として活躍した選手です。
実働5年と1ヶ月で、103勝65敗。
入団1年目には20勝10敗の好成績で新人王を獲得し、
3年目には23勝14敗の成績で最多勝利投手となりました。
しかし、あの忌まわしき「黒い霧事件」の当事者に祭り上げられ、
彼は6年目のシーズンが始まってすぐ、
プロ野球界から永久追放されてしまったのです。

その後、彼への処分があまりにも厳しいということで、
様々な形での復権運動が行われた結果、
先頃ようやく野球協約改正が行われて、彼の復権が認められることになりました。

さて、そんな池永さんにとって、嬉しい知らせがありました。
福岡に本拠を持つ、福岡ソフトバンクホークスから、
始球式に登板してほしいとの要請を受けた
というのです。

これまで、マスターズリーグの福岡ドンタクズの所属選手として
試合に出場したことはある池永さんですが、
正式にプロ野球の舞台に帰ってくるのは、実に35年ぶり。
それだけに池永さんも慎重な対応をしているようです。

しかし、これは実現してほしいですね。
私は現役時分の池永さんのことはまるで知らないわけで、
言ってみれば、伝説の名投手です。
でも、下関出身の勝ち気でやんちゃな若者が、
恐れを微塵も出さずに5年ちょっとで100勝なんて、
そうそうできることじゃないですよ。
もし、あの忌まわしい事件に巻き込まれていなければ、
西鉄球団の売却はなかったかもしれませんし、
池永さん自身もコンスタントに活躍すれば200勝、
いや、ひょっとすれば300勝だってあったかもしれません。
確かにあの事件は史上最悪の事件でしたし、
池永さん自身の対応にも問題となる部分はあったと思います。

けれども、そのことで誰よりも傷ついたであろう池永さんの
「金は預かっても、八百長は絶対にやっていない」という叫びが
ようやく通じた今、再び池永さんにマウンドに立ってもらうことが、
池永さんにとっての区切りになるような気がします。

くどいようですが、何とか実現してほしいですね。
posted by KAZZ at 20:34 | 島根 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他のスポーツ このエントリーを含むはてなブックマーク
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